●すべてのものには「表と裏」がある
「存在する歓び」を感じ、自己肯定感を上げることで、
プレッシャーの根底にある「他人からの批判」という
大きな恐怖を克服できるようになります。
ここで、「存在する歓び」について考えてみましょう。
じつは、「存在」に目を向けることには、
極めて大きな理由があります。
ほぼすべての物事に、表と裏があるものです。
たとえば、他人からほめられることもあれば、
批判されることもありますよね。
「ほめられる(表)」ときには、かならず「批判される(裏)」ことがあり、
これが表裏セットになっています。
このほかにも、
・評価される(表)/評価されない(裏)
・うまくいく(表)/うまくいかない(裏)
などがあります。
黒という色が認識できるのは、
裏に白という色があるからです。
もし、すべてが黒であれば、黒を「黒」と
認知することもできないでしょう。
「黒と白」、「プラス・マイナス」や「陰陽」などのように、
物事はかならずといっていいほど、
表と裏がなければ認知できないしくみになっているのです。

●唯一「存在」には表裏がない
ただし、「存在」という概念は例外で、表裏がありません。
もし、「存在する」が表であれば、
裏に「存在しない」という概念があるはずです。
でも、人が「存在しない」とは、
「亡くなった」「いなくなってしまった」ということです。
亡くなって存在しなくなってしまうと、
わたしたちは認知することができません。
「亡くなっても、『魂』という形で認知できる」
という意見もあるかもしれませんが、
そこはわたしたちの力など及ばない領域であり、
認知できない世界です。
わたしたちが認知できるのは、
表の「存在している」ということだけですから、
「存在」だけは絶対的なものであるといえるのです。
たとえば誰かが
「わたしは存在していません」
と言ったとしても、
「いやいや、存在していますよね」
と言い返すことができるでしょう。
「存在」以外のことには、
・告白するときに「お付き合いできるかな? 振られるかな?」とドキドキする
・試験を受けたら「合格かな? 不合格かな?」と不安になる
・オリンピックも、「金メダルをとれるかな? とれないかな?」と思う
…このように、すべてに表と裏があります。
でも、「存在している」ことだけは、
「存在しているのかな? していないのかな?」
という疑いの余地がありませんね。
●存在する歓びに目を向けよう
「存在している」ことだけは、常に100%保証されています。
そのうえで「存在することに歓びがある」ということがわかると、
未来永劫、半永久的に、かならず歓びがついてくるでしょう。
しかも、その歓びは奪おうとしても奪えません。
なぜなら、「存在」を否定することはできないからです。
有名な哲学者のデカルトが
「我思う、故に我あり」という言葉を残していますが、
これは存在する歓びとまさに同じことです。
すべてを疑っても、
疑っている自分自身の存在だけは消すことができません。
ですから、存在していることを肯定できれば、
最大限の歓びが得られます。
少し極端な話ですが、朝起きたら
「まだ生きている! まだ死んでいない! じゃあ、今日も1日がんばろう!」
と思えたらしあわせですよね。
存在することに、目を向けるようにしましょう。
